山彦さんのお祝い会

山彦さんがきこりになったのが、8月10日。
1か月が過ぎた。
きこりの仕事は想像より遥かに過酷だった。
それは、帰宅した時の山彦さんから発する1日分の汗と機械油と草が混ざった匂いとドロドロの作業着が証明していた。
自然相手だから、圧しつけられるような真夏の暑さに体力を奪われ、空襲のような大雨にさらされ、鼓膜を震わす雷に怯え、虫刺されに悩まされた。
草刈り機やチェーンソーを使うから、全身が筋肉痛になって、指にまめができて、それがつぶれ、振動で手や腕が痺れるようになった。
重い機材を持って、登山をするような日々は、腰にも負担を掛けた。
帰宅後、晩ごはんを食べると床に寝転がり、動けなくなることも有った。
沢山の覚える事や、慣れない作業で、どんどん痩せてどんどんボロボロになっていく山彦さんを見て、いつ「辞める」と言い出すだろうと思っていた。
そもそも、チャレンジしてみたいと山彦さんから言われた時から、私はどちらかと言えば反対だった。
乏しい想像力をフル活用させて、良いシナリオを描こうとしたけれども、どうも上手くいかなかったからだった。
山彦さんより私の方が、無理だと決めてかかっていた。
ケド、山彦さんの決心は硬くて、やんわりと反対してみたが、結局彼の意思は変わらなかった。
そして、実際、私の想像を上回る過酷さの中で、山彦さんは1か月戦う事になった。
現実を目の当たりにし、毎朝4時に起きて5時半に出ていく山彦さんを、私は必ず「気を付けて行ってらっしゃい」と軽く当たり障りのない言葉を使いながら見送った。
そう言いながら、心の中では、まるで戦国時代の武将を戦場に送り出す妻の気分で「御武運を」と強く念じた。
大袈裟なと言われるかもしれないが、何のサポートもできない私は、念じるしかなかったのだった。

驚くべきことに、彼は最初の1か月を戦い切った。
まるで、ロールプレイングゲームの勇者がするように、少しづつ必要な防具や武器を買いそろえて、賢者の書を読んで成長していった。
おにぎりや菓子パンやスポーツドリンクという”薬草”を手に、回復しながら、効率よく戦うようになった。
事務仕事仕様から、体力仕事仕様に体を変えていった。
凄かった。

だったら私は・・・。
負傷して、パーティのメンバーとして共に戦えないなら、宿屋の女将だな。
傷ついたHP1の勇者が、1晩泊って完全回復するように、家で元気にしてまた戦場に送り出さねばならない。
そう思うようになって行った。

最近では、「辞める」と言うどころか、休日も同業者さんのユーチューブを見たり、ホームセンターで部材を熱心に物色し、戦う武器について熱く語る。
そんな彼を見ながら、「レベルが上がって、早く魔法が使えるようになると良いね」と本気で思っている。
そして、当面の私の目標は、彼がレベル99になっても使ってもらえるような宿屋になるって事だな。
そして、そして、いつか心と体の傷が癒えて、介護を卒業したら、パーティメンバーとして、また共に戦えると良いなと思ってる。

そんなこんなで、「就職おめでとう、1か月お疲れ様会」を焼肉屋さんで開催した。
どうやら、「勇者山彦さんの旅」はまだまだ続きそうで、その旅は私が見たことが無い景色を孕んでいそうで、宿屋の女将としてはワクワク、ドキドキなのだ。

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